NBA選手図鑑:「風の子」スティーブ・ナッシュ

選手図鑑

エグイシュート率とパスセンスを兼ね備え、史上最高のオフェンスクリエイターの1人。

多数のスーパースターと違い、強靭な身体能力よりも高いバスケセンスでシーズンMVPを2回ものにした異色のトップスター。

人は彼をこう呼ぶ、風の子スティーブ・ナッシュ。

基本情報
名前:Steve・John・Nash
生年月日:1974年2月7日
身長:191センチ
体重:91キロ
ポジション:ポイントガード
ドラフト順位:1996年1巡目15位

能力偏差値
オフェンス力:70
ディフェンス力:50
アシスト力:72
スピード:65
ジャンプ力:50
バスケセンス:70

所属チーム

フェニックス・サンズ

ダラス・マーベリックス

ロサンゼルス・レイカーズ

 個人記録・名誉

1試合自己最多記録

  • 1試合最多得点:48得点(vs ダラス・マーベリックス 2005年5月15日)
  • 1試合最多アシスト:22個 (vs ニューヨーク・ニックス 2006年1月2日)
  • 1試合最多リバウンド:13本 (vs フィラデルフィア・セブンティシクサーズ 2005年3月30日)
  • 1試合最多3P成功数:7本 (vs インディアナ・ペイサーズ 2003年4月5日)
  • 1試合最多フリースロー成功数:13本 (vs ポートランド・トレイルブレイザーズ 2001年12月11日)
  • 1試合最多スティール:5本 (vs ボストン・セルティックス 2000年12月18日)

受賞歴

  • シーズンMVP:2005, 2006
  • オールスター出場:2002, 2003, 2005, 2006, 2007, 2008, 2010, 2012
  • オールNBA1stチーム:2005, 2006, 2007
  • オールNBA2ndチーム:2008
  • オールNBA3rdチーム:2002, 2003
  • アシスト王:2005(11.5アシスト), 2006(10.5アシスト), 2007(11.6アシスト),2010 (11.0アシスト), 2011 (11.4アシスト)
  • フリースロー成功率1位:2006(92.1%)

ナショナルチーム

  • 2003年FIBAアメリカ選手権大会MVP

キャリア・ビフォー・NBA

子供時代

サッカー選手の父親の仕事の都合で、誕生の地は南アフリカ共和国・ハウテン州である。

少年時代はサッカーとアイスホッケーとバスケットボールに熱中していた

大学時代
 

高校終了後、サンタクララという大学のバスケコーチが彼に興味を示し、奨学金をナッシュに与えた。(とはいえ、当時その大学のコーチでさえナッシュののディフェンスが最悪だったと言っていた、、、)

サンタクララ大学に進学したナッシュは1年目から活躍し、1992-93シーズンでチームを5年ぶりのNCAAトーナメントに導き、同年で第2シードのアリゾナ大学を破るという波乱を巻き起こしていた。続き1994から96のシーズンは2年連続カンファレンスの最優秀選手に選ばれている
 
ちなみに学業では社会学の学位を取得していたと勉強もちゃんとしていた。

キャリア・イン・ザ・NBA

注目すべき時期
先ずチームの競争力として、2005ー2010シーズンのナッシュがいたフェニックス・サンズはずっとチャンピオンを目指していた強豪だったが、ナッシュ個人に焦点を絞ると、2004-2007この3シーズンが一番注目すべきだと思います。

2004-05シーズン
マーベリックスからサンズへ復帰。ラン&ガン戦術の司令塔として、サンズの平均得点を前年の93.4から110.4までとリーグダントツ1位まで高め、世間を大きくザワつかせ、11.5アシストでアシスト王およびMVPを受賞。

2005-06シーズン
オフでチームの戦力流出、メインセンターのアマレ・スタウダマイアーが怪我でシーズンリタイアしたことでサンズは苦戦が予想されてた。

だが、ナッシュは試合平均10.5のアシストとチームメイトの能力を大きく引き出し、個人も高い効率の得点で2年連続アシスト王およびMVP受賞の実力でチームを2年連続カンファレンス・ファイナルまで進出させた。

 

2006-07シーズン
チャンピオンしか目にないナッシュとサンズは、カンファレンス・ファイナルまで快進撃を見せた。

だか、そこで宿敵のスパーズに対して、ナッシュは一試合目から血が止まらない鼻の怪我を負い、さらに第4試合で起きた衝突をきっかけに2名の主力メンバーが5試合目に出場禁止処分を食らい、チャンピオンの夢があえなく打ち砕かれた。

プレイ特徴

ナッシュのプレイで一番怖いところはチーム全体のオフェンスに対する影響力にある。

史上最強のオフェンスクリエイターというのは一般的に彼のアシストを褒めているが、実はアシストは彼が偉大なる故の一部でしかない。彼の最大なすごさを一言でまとめれば、ピーク時期のナッシュは史上最高のシュートスペース製造機である。

先ずとあるテータを見てみよう、

NBAのオフェンス効率(チームの攻撃した回数に対して稼いた得点の割合)トップ36チームの中で、ナッシュは5のチームを主導していた。

2005-06、
2006-07、
2007-08、
2008-09、
2010-11、この5つ時期のサンズがすべて入ってる。

他のスーパースターと比べてみよう。
ラリー・バードは2つ
ジョーダンは4つ
レブロン1つ、2017の年キャバリアーズ
カリー2つ、2015-17のウォーリアズ

つまり、ナッシュのいたサンズはチーム全体がめちゃめちゃ得点の効率がよかったということ。

それで、多くの人はナッシュはパスがうまいからと結論づけちゃうけど、パスがうまいからっと言って、必ずしもチームのオフェンス効率が高いとは限らないロンドルビオもパスがうまいけどなぜ彼らのチームは、ナッシュがいたサンズよりも随分オフェンスの効率が低いのだ。だって、チームメイトにパスを出すのがうまいチームメイトのシュートスペースを作り出すのがうまいからだ。

というもの、サンズにいた時期のナッシュ自身の有効FGP(フィールドシュート命中率)はずっと6割を超えている(それぞれが61%、63%、65%、64%、62%、62%、60%、63%)、これは相当エグイ数字だ。それに対して、ナッシュのアシストされた2ポイントシュート率はたっだの10%、3ポイントシュート率はたったの4%。

つまり、ナッシュの6割を超えているFGPはほぼ自分のドリブルで作り出したもの。言い換えれば、ナッシュはボールを持ってる時点でカリーやデュラントと同じレベルのオフェンス圧力を相手に与えている存在。ポイントガード離れのけん制力こそがルビオロンドなどの伝統的なポイントガードと決定的な違いである。(ジェイソン・キッドはアシストを極めた怪物でまた話が違う)

自分にすきがあれば高いシュート命中率で弾丸をぶっ放す、すきがなくてもドリブルですきを作り出ることがイージー。さらに相手はいつもナッシュにシュートを打たせないように警戒しているゆえ、少なくとも1人、プレイオフの時は2人以上ナッシュにくっ付いてくる(この特徴はカリーに似ている、普通のポイントガードに2人以上でディフェンスするのはありえないだがそれぐらいけん制力が強いということ)。そこで、敵のプレイヤーを引き寄せつつ天才的なパスセンスで、チームメイトに直接得点につながるようなアシストをバンバン出していくのだ。

なんならナッシュがチームメイトなら、NBAプレイヤーを相手に自分でも点とれる気がする(すぐぼこぼこにされるが)。それぐらい、ナッシュはチームメイトへのシュートスペースを作り出すのが得意のだ。

トップレベルのシュート力、敵を引き寄せるけん制力、場を見極めてチームメイトへのシュートスペース、得点チャンスを瞬時に絶妙なパスで作り出せるシュートスペース製造力。これが2年連続MVPを取ったポイントガード、スティーブ・ナッシュの怖いところである。

広い視野に高いパスセンスがあれば、ロンドルビオにはなれるかもしれない。だかそれだけじゃMVPにはなれない。高いパスセンスにカリーデュラントレベルのシュート命中率、自分でボールをもってシュート決めれる技術を兼ね備えたものだけがトップであるMVPの資格を持つようになる。(MVPは1955年以来毎年あるが、ナッシュはオスカー・ロビットソンマジック・ジョンソンに次ぎ、NBA史上3人目のポイントガードMVPであることを強く知らせたい

プレイ動画

NBA公式サイトが選んだナッシュのトップ10ハイライト

10つ全部アシストだが、パスを渡されチームメイトのシュート、レイアップなどの攻撃スペースの広さに注目してほしい。

ナッシュのフリースロー命中率は90.4%でNBA歴史上一番高い。(カリーは90.5%だが、まだ退役していないので彼を除く)

その秘訣はどうやら毎回の決まったルーティンがあるらしい。まず指を軽く舐めて、ボールを3回バウンドさせ、そして深呼吸を一回行うという。(指を舐めるのは無意識らしい笑)

2005年ウェスタン・カンファレンス・セミファイナル、第4戦。

前3戦までナッシュがチームメイトにバンバンパスをし、それを恐れたマーベリックスは4戦目でサンズのシューターにディフェンスの重心を置いた

結果、ナッシュは4戦目で48点と、アシストだけでなく彼の得点力を爆発させた

セミカンファレンス試合後、マーベリックスの所持者クーバンがこう言った「ナッシュをサンズへトレードしたことが俺の生涯最も愚かな決断だった」と。

ネタ情報

ナッシュの11番ユニフォームは、彼が在籍していたサンターくらら大学史上初永久欠番されたユニフォームである。

2006年9月19日にて、欠番儀式が行われた。

2007年7月30日、カナダ政府がナッシュに国民栄誉勲章をナッシュに授与でした。

それは、ナッシュのNBAでの傑出したキャリアだけではなく、彼の教育、慈善事業といった社会への貢献を含めた賛美である。

2010年11月13日の北米雑誌「Life&Style」でナッシュは離婚を発表した。

今ではほかのプロバレー選手と再婚しており、前妻との2人娘、1人息子、今の妻との1人娘、1人息子で合わせて5人のお子さんを育てている。

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